『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』の読書感想

毒舌だが独特な言い回しが魅力で、読ませる。相当おもしろい。著者の主張にものすごく共感する。この分野で僕が読んだ本の中で、ひょっとして一番優れていたかもしれない。(この分野とは、経済・金融・統計学・計量経済学・データ分析・トレーディング・資産運用、とか、そんな感じ。)

タレブによれば、「成功しているトレーダーは、ほとんどの場合、運がいいだけのバカ」。「ほとんど」と彼が強調しているのは重要で、ひょっとして本当に賢いおかげで成功しているトレーダーもいるかもね。って。でも、「ほとんど」の場合、成功は偶然でしかないんだって。

それから、伝統的な経済学もちょいちょい槍玉にあげる。たとえばp232で、

経済学者は物理学者をうらやんでいるけれど、その物理学はもともと実証的科学だ。一方、経済学、とくにミクロ経済学や金融経済学は圧倒的に規範的である。規範的経済学は、美意識に欠ける宗教みたいだ。

けっこうキツイね。でも反論できない。実際、多くの場合、ミクロ経済学者は現実に興味がない。彼らの多くは、「実証的科学」なんか、興味ないでしょう。そのくせ、現実経済について偉そうに述べるから腹が立つ。現実経済のことだったら、僕のほうが絶対に詳しい。じゃぁ現実に興味が無いからといって、理論の世界で黙々と研究業績を出しているか?というと、国内の学者の場合、論文すら書かないから始末が悪い。研究業績という点で、僕未満の教授はたくさんいる。別に僕がすごいんじゃない。彼らが怠慢で無能なだけ。

じゃぁ、「実証的科学」のはずの計量経済学については著者はどう思っているかというと、p146では、

最初、まだほとんどなんにも(つまり今よりもさらに)わかっていなかったころ、もう死んでしまった人や引退した人のやっていた行動に基づいてできた時系列データが将来の予測に使えるのだろうかと悩んだことがある。そういうことについて私よりもずっとよくわかっている計量経済学者は、そんな疑問は持っていなかった。(中略)今では私は、たぶん計量経済学のほとんどは役に立たないのだろうと思っている。

これは時系列の場合だけど。でも、クロスセクションとかパネルデータを使うにしても、ランダム性がどれくらい確保されているのかがいつまでも不明である以上、なんだかなぁ。

マスコミの無知についても糾弾している。彼らは不勉強で、専門家の意見を正しく理解できないんだって。

ここまで面白い本は、久々。最高の知的刺激を受けた。

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