経済学の扱う範囲が広くなってる

本来の経済学は,効率的な資源配分について研究する学問だった.資源とは,労働力と資本(生産設備や土地)である.つまり,「人やモノをどこにどれだけ配置すると,経済全体で一番パフォーマンスがよくなるか?」ということを研究する学問だった.「経済のパフォーマンスの良さ」の基準は,通常,「パレート効率性」と呼ばれる基準を使う.パレート効率的な経済状態とは,「誰かの満足度を上げるためには,他の誰かの満足度を下げざるを得ない状態」である.ひらたくいうと,「誰かがよりハッピーになるためには,誰かに迷惑をかけないといけない」という状態です.

諸仮定をおき,抽象的な数学を使って経済モデルを構築し,「こういう仮定をおくと,こういう条件のもとで,望ましい経済状態が達成されます」とか考えるのが,かつての経済学者の仕事だった.これが,経済学は非現実的だの,役立たないだの,言われる理由だと思います.つまり,「現実はそんな仮定なりたたないでしょ」とか,「現実は数学じゃないでしょ」とか,「結局,経済学者のやってることって頭の体操じゃん」とかいう批判.

でも,最近,計量経済学が普及することで,経済学の雰囲気が変わってきてる.

例えば,

妊婦喫煙で子の肥満率3倍 山梨大教授らが千人を調査

というニュースをみて思ったんだけど,これ,医学部の研究者がやった研究だが,データが入手可能ならば,経済学の論文のネタにもなってしまう.妊婦が喫煙してると,子の肥満率が3倍になる,という結論は,計量経済分析をしても,導ける.ただし,経済学的な意義はなんなのだろう?ということは不明.

もう一つの例.

学力調査結果と離婚率、生涯未婚率

離婚すると,子供の学力低下を招く,みたいな分析も,計量経済分析で可能.ただし,これも経済学的な意義がどこにあるかは不明.

データさえあれば,計量経済学はそれなりに洗練された統計分析テクニックを作り上げてきたので,どんな分析でも出来る.「美人は得か?」を分析した論文もあるし(ビューティ・プレミアム),「賞金が高いとプロゴルファーのスコアがよくなるか?」を分析した論文もある(経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)を参照.).

これが最近の経済学の傾向なんだろうけど,最近の経済学の論文は,え,そんなことまでやるの?という感じがする.この傾向は,経済学者が現実に目を向けるようになっている点はすばらしいと思う(現実データとむきあっているんだから).

古典的な経済学者(数学モデルをつくって云々タイプ)からすると,きっと,「こんなの経済学じゃないよ」とか思うんだろうな.そして,いっぽう,計量経済学の専門家からすると,「計量の理論をちゃんと学ばずにテキトーに計量ソフトまわしてるだけじゃん」と感じてしまうのだろう.

もちろん,経済理論にしろ計量経済学にしろ,両方とも深い知識をもった上でこういう研究をしている研究者もいる.Chicago大学のSteven Levittなんかがその例.(彼が書いたヤバい経済学 [増補改訂版]は,一般向けにわかりやすく書かれてる.)でも,理論も計量もどっちもあんまりよくわかってないのに,データとPCがあるってだけで,テキトーな実証分析してる人もいるような....それを自覚した上で,都合の良い分析結果を出そうとしているシンクタンクの人のほうがよっぽどよい.自覚なしに,テキトーな分析結果を垂れ流すほうが問題だと思うのだが・・・.

 

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