『予定通り進まないプロジェクトの進め方』by前田考歩、後藤洋平

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ただでさえ色々な事(新規事業も、小さなプロジェクトも何もかも!)というのは計画通り進まないのに、コロナショックでさらに撹乱されてイライラしていたので、タイトルにつられて読んでみたのですが、これがとっても良書でした。

理想は、「事前に完璧な計画を立てて、その通り実行する」ことかもしれませんが、実際にはそんなことはほぼ不可能ですよね。現実は厳しく、想定外のことが起こりまくって、それでも事態に対処しつつ、最善をつくさないといけないわけです。「完璧ではないが、最善をつくす」現実的な方法論が本書にあります。その方法のことを、「プ譜(プロジェクト譜)」と著者たちは呼んでいます。要するに、プロジェクトという「見えないもの」を「見える化(可視化)」する方法論です。音という「見えないもの」を、「楽譜」という「見えるもの」にする、のと同じような感じでしょうか。

「プ譜(プロジェクト譜)」の概要はこんな感じです。

  1. プロジェクトの最終ゴールを明確にする
  2. そのゴールを達成したときの勝利条件を明確にする
  3. 勝利条件を達成するための中間目標を明確にする
  4. 中間目標を達成するための施策を考える

面白いなと思ったのは、想定外のことが起こりまくるので、「最終ゴールの明確化」がけっこう難しいということです。それに伴って、「勝利条件を明確にする」も当然、引きずられます。そして、「勝利条件を明確にする」というところで、プロジェクトメンバー間で意見が一致することのほうが稀、という指摘も面白かったです。さらに、プロジェクトマネージャーも変化しうるのではないかと僕は思いました。

これだけだとわかりにくいので、本書で例としてとりあげられている、映画『シン・ゴジラ』に沿って説明してみます。(本書の内容とまったく同じではありません、わかりやすくするために。)まず、ゴジラ作戦が、どう変遷していったかを、表にまとめました。※ネタバレ注意。

第1フェーズ 第2フェーズ 第3フェーズ 第4フェース
最終ゴール 東京湾の異常の沈静化 害虫駆除or捕獲 日本存続 人類存続
勝利条件 国民に安心させた上で 犠牲者ゼロで どんなコストを払ったでも、ゴジラ凍結 日本以外は被害0で
プロジェクトマネージャー 内閣危機管理監 防衛大臣 総理大臣 国連の安全保障理事会

第1フェーズでは、「東京湾で変なことが起こっている」程度の状況に対処するだけです。だから、最終ゴールは「東京湾の異常の沈静化」です。プロジェクトマネージャーは、内閣危機管理監で、総理大臣には報告があがる程度の話です。勝利条件は、「国民に安心させた上で」です。大げさなことはできるだけしたくありません。支持率にも響きます。

第2フェーズだと、最終ゴールの次元が、「害虫駆除or捕獲」へと昇格します(それでも、「捕獲できるかも」という甘い想定をしています)。しかし勝利条件が「犠牲者ゼロで」なので、逃げ遅れたおばあちゃんの姿をみて、「国民の犠牲があるならば、自衛隊の軍事力を行使することはできない」という理由で、攻撃はとりやめになります。あとから思えば、この時点で攻撃をしておけば、(おばあちゃんは犠牲になったかもしれませんが)、おそらくまだ完成体になる前のゴジラを仕留めることが出来ていたでしょう。

第3フェーズ。事態は最悪の方向に向います。完成体ゴジラは、核兵器モンスターと化して、人類の滅亡にもなりかねない、危険な存在になってしまいます。ここでついに総理大臣も事態のやばさを悟ります。これは、国家の存続の危機だと。

第4フェーズは、結局実現していません。第3フェーズで、解決するからです。しかし、映画では、国連の安全保障理事会が、第4フェースへ移行するリスクを悟り、なんとしてでもそれを予防しようと、禁じ手を打つ準備をはじめます。すなわち、東京への核兵器使用による、ゴジラ壊滅作戦の安保理決議をとろうとします。この段階では、日本がどうなろうが、世界を救うにはそれしかないという状況なので、致し方ない意思決定でしょう。

なお、安保理決議は全会一致が原則なので、日本の総理が、フランスに外交的努力(というかただひたすら頭を下げ続ける)をして、決議の回避、とまではいかずとも、時間を稼ぐシーンが移されます。一国の総理大臣が、駐日フランス大使に、ひたすら頭をさげるシーンは、ジーンと来ました。なにかしらの「長」を経験したことがある人ならば、一度くらいは、修羅場をこうやって、「ひたすら頭をさげて」乗り切った経験があるのではないでしょうか。

話をもとに戻すと、日本の総理大臣は、ここに来て、ようやく、最終ゴールを「日本存続」と再設定し、プロジェクトマネージャーに就任します。いやいや総理、それ遅いよ、と思った人も多いでしょう。でも、ビジネスでもよくあることではないでしょうか?「もっとはやく社長が出てきて迅速に決断すべきだったのに、あの社長は逃げたよね」という状況は、けっこうあるのではないでしょうか?

そして、総理が設定した勝利条件は、「どんなコストを払ってでも、ゴジラ凍結」という、なりふり構わないレベルに堕ちます。ついさっきまで、おばあちゃん一人が逃げ遅れてどうしよう、と言っていましたが、もはや、そんなことを言っている場合ではないのです。この点についても、本書の考察は面白いです。

位置: 1,855
「自衛隊のミスによって人が死ぬのは存続に関わるので問題だが、ゴジラが人を殺すのは誰も責任を問われないので、致し方ない」というダブル・スタンダードが様々な問題の根源にあったのだ

想定外のことが起こりまくるにつれて、「そんなこと言っている場合じゃないだろう」と、判断基準が変わっていくのはよくありますが、『シン・ゴジラ』はまさにそのお手本の教材です。ちなみに、おばあちゃんにどう対応するかについては、けっこう深い哲学的な問いです。あなたなら、どうするでしょうか?関心がある人は、『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』を読んでみてください。

終わってみれば、あのときああすればよかった、とか、もっと早く、厳しい措置をとっておけば、と、あらゆる場面で人々は口にします。完璧はないのだから、ベストを尽くしたと思えるような、後悔を最小化するためのプロジェクト管理をするべきだと僕は思います。データサイエンティストの言葉で言えば、ベイズ統計学的な意思決定をするべき、ということでしょうか。ベイズ統計学について関心のある人は『使える!確率的思考』がすごくわかりやすいです。すこし古い本ですが、特に「第3章 ビジネスに役立つベイズ推定」だけでも読むととっても勉強になります。

蛇足ですが、中間目標を設置するというアプローチは、『世界で800万人が実践! 考える力の育て方――ものごとを論理的にとらえ、目標達成できる子になる』にも通じる手法です。筋トレで、「いきなり魔娑斗やクリスティアーノ・ロナウドを目指す」のではなく、「とりあえず週2でジムに通う」「一週間で摂取してよい炭水化物は、280g」といった、比較的とっつきやすそうな中間目標を設置するのに似ています。

新型コロナウィルスで、想定外のことが起こりまくって、事業計画も立てられないと困っている人、もしくは既存の事業計画の書き直しを余儀なくされているすべての人に、おすすめできる本です。面白く、かつ、実用的です。

 

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