『その数学が戦略を決める』の読書感想

このエントリーのキーワード:IT;計量経済学;統計学;データマイニング;ミクロデータ;科学;帰納法;演繹法;専門家;回帰分析;無作為抽出;Google;個人データ;プライバシー;政策決定;科学的意思決定

I love this book. ここ数年で読んだ本の中で、Top5には入る。

僕の頭の中に「これから世界はこう変わるだろう」というあるイメージがずっとあって、いつかブログで文章にしようと思っていたんだけど、そのイメージがそっくりそのまま本書で文章化されていました、という印象。「どうして著者は、俺が考えていることが分かるの?」という感じ。笑

で、内容。世の中には、いろいろな専門家がいて、彼らは自分の経験や直感などに基づいた、「専門家の意見」なるものを大衆に披露したりする。例えば、「野球のスカウト」や「ワインのプロ」といった専門家などだ。彼らは、自分の目や舌などで将来のドル箱スターや化け物ワインを発掘(予測)するのが仕事なわけだ。ところが、回帰分析に基づいた予測のほうが、こういう専門家よりも予測精度が高いという事実が明らかになってしまう。

回帰分析とは統計学の手法の一つで(そして計量経済学の中心的な手法でもある)、たとえばワインの例でいえば、「気温が何度くらいで、降水量がどれくらいだったか」といった条件のもとで、「どういう値段のワインが出来上がるか」という、因果関係を明らかにしてくれる。データを使って回帰分析する分析者は、ワインのことなどよく知らない素人なのに、この素人による回帰分析結果のほうが、「専門家」よりも予測精度が高いというのだ・・・!

従って、本書に登場する対立構図は、「回帰分析者 vs 専門家」ということになる。本書では繰り返し、「回帰分析者」の優位が説かれるが、だからといって、「専門家」が職を失うことはない、と著者が主張している点がおもしろい。ちょっとテクニカルな言葉を使うと、「回帰分析」を行うには、どの説明変数を入れるべきか、ということを含め、どんなモデルを想定するのか、ということを考えなくてはならない。「専門家」の今後の役割は、この「どの説明変数を入れるべきか」を考えることにシフトしていくだろう、というのが、著者の予想。さらに、「専門家」は職を失わないが、社会的地位や権威や給料は低下するだろう、とも述べている(「専門家」には、医者も含まれる!)。禿同。

そして僕の予想では、著者の予想は経済学の世界でも例外ではないだろう、と思う。つまり、経済学者という「専門家」も、「回帰分析に入れるべき変数を指定する」のが仕事になっていくだろう、ということ。「計測なき理論」をやっている理論経済学者は減り、「理論なき計測」だとしても現実経済をよくするような実証研究が出来る計量経済学者が重宝されるだろうな、ということ。

Freakonomics Intl Pb: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything (邦訳は『ヤバイ経済学』)を楽しめた人は、きっと本書も楽しめる。Levittの『ヤバイ経済学』や本書などを読むと、経済学も少しは現実経済に目を向けるようになっていくのかな、と好印象を持った。いい加減、理論偏重の経済学者には数学のToy modelで遊ぶのは卒業してほしい。 How many toy models have you guys made so far? Enough! Stop it, please!

(補足)
これからは、もっともっと個人のデータが蓄積されていくので、ミクロ計量経済学がもっと発展すると思う。その結果、多くのミクロ経済理論が棄却されまくって理論家の考える理論のほとんどが妄想でしかない、ってことが明らかになる時代がすぐそこまで来ていると思う。

(補足2)
統計手法は、「回帰分析」だけではないが、「回帰分析」が一番人気のある分析方法なので、このエントリーでは単純化するために、「回帰分析者」ということばをつかった。実際には、膨大な統計データを分析する人のことを、原著では “Super Crunchers”と呼び、邦訳では『絶対計算者』と呼んでいる。本書でも、回帰分析のほかに、「無作為抽出法」という統計学の手法が紹介されている。

(補足3)
誤解をおそれずに大胆な言い方をすれば、計量経済学≒統計学≒多変量解析≒データマイニング≒データ解析と考えてもらって構わない。

(補足4)
訳者が山形浩生さんということで、安心して邦訳を読みました。原著を読むと読書スピードが1/5くらいになるので。笑

(補足5)
経済学部の学生が本書を読めば、いますぐ計量経済学の勉強を開始したくなるはず。計量経済学がいかに実世界で役立つか、ということを認識させられた。僕は計量経済学を専攻して、本当に良かった。

 

コメント

  1. Q より:

    ぶしつけで申し訳ありません.
    >>多くのミクロ経済理論が棄却されまくって理論家の考える理論のほとんどが妄想でしかない、ってことが明らかになる時代がすぐそこまで来ていると思う。
    この部分が良く分からないのですが,どういうことを言わんとされているのでしょうか?
    >>「専門家」は職を失わないが、社会的地位や権威や給料は低下するだろう、とも述べている(「専門家」には、医者も含まれる!)。
    給料にはいろいろなものが反映される(と思われる)ので,この部分のロジックがしっくりきません….

  2. daniel より:

    Qさん
    スパム扱いされててコメントを見落としていました,すいません.
    >>>多くのミクロ経済理論が棄却されまくって
    これまではミクロデータがなかったために,計量経済学=マクロ計量,という感じでした.そのマクロ計量では,実証に耐えられるたけの理論がほとんどありません.数学モデルとして美しい理論はいっぱいありますが,現実説明力をもった美しい理論というのは,あまりない.というか,そんな完璧で美しい理論,一つでもありますか?
    これからミクロデータが蓄積されミクロ理論の実証が盛んになると思いますが,同じことが起こるんじゃないかな,ってことです.逆に言うと,これまではデータがなくって実証されることなく理論が大量生産されてきたわけです.が,この大量生産されたミクロ理論は(実証に耐えられないという意味で)ほとんどゴミだと僕は思っています.(なぜそう思うかというと,自分自身がいままで散々計量しまくってきて,かなり誠実・慎重に計量手法を適用してきた結果,いい結果が得られたためしがないからです.)そのことがこれから明らかになっていくんじゃないかな,ってことです.
    >給料にはいろいろなものが反映される(と思われる)ので,この部分のロジックがしっくりきません….
    専門家は,「どの説明変数が重要か」と教えてくれる役割,絶対計算者(回帰分析者)は実際の分析を行う役割,という役割分担が生じる結果,分け前も両者で分けるようになるんじゃないかな,ってことです.

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