ここの宝くじ売り場は当たりやすい

宝くじ研究家と名乗る人が,「ここの宝くじ売り場は当たりやすい」と,いくつかの売り場の名前を挙げていた.

これを聞いて信じた人がそこの売り場に殺到することで,そこの売り場でさばかれる宝くじの枚数が,他の売り場に比べて増えるだろう.それによって,他の売り場に比べて,そこの売り場から当たりが出る確率がわずかにあがるだろう.結果的に,宝くじ研究家のアドバイスは事後的に正しかったということなる.

ルーカス批判に話は似ているね.

考えてみれば,ルーカス批判に似たようなこの種類の話は,世の中たくさんありそうだ.ちょっとこれからは意識的にそういう話を探してみよう.

(参考)
ルーカス批判と余命宣告

PCが特定の場所に行くと必ず青いエラー画面になる

こんな現象ってあり得るの?

僕のPCが,特定のある場所に持っていくと,必ず青いエラーメッセージ画面を吐き出す.なんか青い背景に,英語で長々と「深刻なエラーが発生しました」みたいな画面が出てきて,強制的に再起動させられる.そして再起動しても,やはりまた同じ青い背景に,英語で長々と「深刻なエラーが発生しました」みたいな画面が出てきて,強制的に再起動させられる.無限ループに入ってしまう.

こんな現象は他の場所では起こらない.もちろん,いままでも1年に1,2回くらいはこういう青い背景にエラーメッセージの画面が出てくることがあったけど,そのときは無限ループには入らず,一回再起動すれば元ももどっていた.

「その場所」に行くと,必ずこの現象が起こる.しかも無限ループで永遠に軌道できない.いまのところ,4回その場所で僕のPCを使おうとして,4回ともその現象が起きた.

しかも「その場所」には多くのPCがおいてあるけど,僕のPC以外はすべて正常に稼動している.使えなくなってしまうのは,僕のPCだけ.

僕のPCの基本スペックは,

IBM ThinkPad T41P 2373-KJ2 (2004年7月購入,使用して4年目) Window XP SP2

という感じなんだけど.

原因が分からない.

マイケル・ポーターって

有名な経営学者の人なんだけど,経済学のPhDもとってるんだね.っていうか,すっげー経歴だな.

http://drfd.hbs.edu/fit/public/facultyInfo.do?facInfo=bio&facEmId=mporter

Harvardから,MBAとPhD in business economicsの二つの学位とるとは,すさまじい.

というわけで,ポーターの本を読むことに決定.いまの自分にまさにピッタリな本だと思う.原著でチャンレンジ!年内に読み終えることを目標にします.その代わりその他の日本語の本がよめなくなっても仕方ないということにしよう.

論文では受動態は避けるべき

最近,論文では受動態の文章を使うのはよくないという実感がある.これは,英語で書いても日本語で書いても同じだと思う.さらに言えば,学術論文に限らず,一般に文章を書くときにこれを意識すると,ずいぶん文章がしまると私は感じている.なぜしまるかと言うと,筆者が自分の書いている文章に対して責任をちゃんと負っているという姿勢が伝わるからだろう.

自分が言いたいことを言うときに,「~と考えられる」と書いた場合,「ほら,みんなにも,そう考えられるよね?」という同意を暗黙のうちに求めているようで気分がよくない.自分の主張にちゃんと責任を持つべきで,「私はこうだと考える」と書くべき.「~と考えられる」と受動態にしてもOKな場面は,読み手のコンセンサスが明らかに得られる場合のみだ.例えば,「論文の盗作はよくないと考えられる」といった場合,全ての人がこの主張に同意するのが明らかなので,OK.

実際に「私には~と考えられる」と書いて何かを主張する場合,その目的は,相手に自分の考えを理解させることだ.相手が自分と同じ意見だと分かっている場合には,わざわざその主張をする必要はない.というか,それは「主張」ではなく,「確認」である.だから,「~と考えられる」という文章で自分の意見を主張することは出来ない.

英語で論文を書く場合,”I argue….(私は…と主張する)”, “I assume….(私は…を仮定する)”, “I conclude….(私は…と結論づける)”, “I report….(私は…を報告する)”のように,受動態にせずに,自分の研究結果に対して責任をもつべき.

実際に英語論文書いてみると,受動態で”It is assumed that…”とか書いて,自分がそういう仮定を置いたことの責任逃れをしたい気持ちが出てきてしまう.

論文に限らず,一般に文章を書くときに「受動態をなるべくやめること」を意識すると,ずいぶん文章がしまる.なぜしまるかと言うと,主語が明らかになるので,筆者が自分の書いている文章に対して責任をちゃんと負っているという姿勢が伝わるからだろう.

ジャーナル初投稿♪

去年から取り組んでいた論文を,某海外ジャーナルに初投稿してみました♪

Ogaki先生のジャーナル投稿戦略に関するアドバイスを考慮して,(僕にとっては)少し高めのジャーナルに投げてみました.まぁ,あんまり期待しないで審査の結果を待ってみよう.

院に入ったときに,修士課程にいるうちに業績を一つ出すことを目標にがんばろうと思った.最初は,どこでもいいから学術専門誌に載ればすごいと勝手に思っていたが,その後,学術専門誌にもいろいろランキングがあることを知って,少し高めの海外ジャーナルを目指すことにしました.というか,最近では大学の紀要の雑誌みたいなやつは,業績としてみなされないらしい.

修士のうちに業績に結びつけるところまではいきませんでしたが,すくなくとも学会報告とジャーナル投稿までやれて良かった.就職するから,完全に趣味でまったくプレッシャーを感じずに自由にこういうことが出来ている気がする.博士いく人は,「業績を出さないといけない」というプレッシャーがあるから,僕みたくのんびり出来ずに大変に違いない.実際,僕の同級生でこんど博士にあがる人で,すでに某海外ジャーナルに二回も投稿している人もいる.

厚生経済学の基本定理

これは某S先生のお言葉.

厚生経済学の基本定理は,現実の市場が万能だと言っているわけではない.

現実に興味がない理論家ばかりがいる慶應経済の代表格だと僕が思っていた先生が,現実の市場について言及したためびっくりしたわけです.

「厚生経済学の基本定理」とは,次の二つです.

厚生経済学の第一基本定理
:競争均衡はパレート最適である.

意味:企業が競争し個人が自分の満足度を追及した結果は,パレート基準で見たときに望ましい.

厚生経済学の第二基本定理:任意のパレート最適配分は,競争均衡として実現できる.

意味:パレート基準で見たときの望ましい状態の全ては,企業が競争し個人が自分の満足度を追及した結果として実現できる.

「パレート基準で見たときに望ましい」とは,「誰かの状態をより良くするためには,他の誰かの状態を悪化させないといけない」ような状態です.

厚生経済学の基本定理は,アダムスミスの「神の見えざる手」という考え方を,厳密に数学的に証明したものであり,経済学の主要な成果の一つです.

それにしても,この先生がこの言葉を述べたシーンはかなり鮮明に覚えています.それくらい衝撃でした.

日本の経済学者の貢献は0%

日本の学者はどれくらい優れた論文を書いているのか?これを分析した研究報告書があった.科学技術政策研究所とかいうところが書いたらしい.

http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep100j/pdf/rep100j.pdf

引用回数が上位の重要論文のうち,日本人が書いた論文が何パーセントあるのかが明らかにされている.46ページの「図表31 コアペーパ全体における日本論文の比率」に,分野ごとの調査結果があるので,詳しく気になる人はそちらを.

さて,経済学の場合,何パーセントくらいだろう?日本の経済学のレベルが低いとは言え,中には世界的業績のある先生もいらっしゃるし,どれくらいかな~と思ってみたら...

答えは,0%です.ひどすぎる.

学者の仕事は教育と研究なのだが,この結果を見る限り,日本の経済学者は仕事の半分をまったくやっていない事になる.なんという恥.

結局,イチローとか松坂みたいな一流のプロ野球選手がメジャーリーグに行くのと同じで,国内のよく出来る院生はより刺激を求めてみんなアメリカのトップスクールにいくことに.結果,国内リーグはさらにレベルが下がる.

今年も福留,黒田あたりがメジャーに行くみたいだし.藤川球児や上原もいつメジャー行くかわからんし.

『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』の読書感想

宇宙にはたくさん星があるのだから,どこかに知的生命体がいても良さそうである.中には科学的に高度に進歩し,宇宙旅行したりするやつらがいてもおかしくなさそうである.その中には,地球に立ち寄ってくれたり,メッセージを送ってくれたりするやつらがいてもぜんぜん不思議じゃない.

でも,まだ音沙汰はない.なんでだろう?いくつか仮説を思いつくが,それらは全て,次の三つに大きく分類できる.

(1)存在して,
    (1-1)実はもう来ている.
    (1-2)まだ来ていない.
(2)存在しない.

考えられる仮説を50個挙げ,この三つに分類して,それぞれの仮説について本書では吟味している.

まず,科学書として当然楽しめる.知的好奇心が非常に刺激される.宇宙人の展開する数学は,地球人の展開する数学と同じなのだろうか?という問いは,興味深い.数学は,人間がつくったわけではなく,真理として実在し,それを人間が発見してきただけ,というのが多くの数学者の考え方.この問いを立てるということは,数学は人間の創造物である,というタブー視される考え方に触れることになる.われわれの数学がわれわれの創造物ならば,そもそも宇宙人はわれわれと同じ数学ではなく,それに立脚されるわれわれの科学技術が展開されないので,宇宙旅行は宇宙人にとってそもそも不可能なのかもしれない.

それから,論理的思考のトレーニングとしても良い.フェルミ推定で検索すればいっぱい出てくると思うので,詳しくはそちらを見て欲しいのだが,地球外にいくつの知的生命体が存在するのか?これを計算する公式をたてて,大雑把な数字を入れれば,これは分かるはず,ってことを,フェルミというノーベル賞とった物理学者が考えたらしい.計算するとかなりたくさんの数になるはずなのに,いまだに地球人と接触がないので,これはおかしい,ということで,フェルミ・パラドックスと呼ばれている.フェルミの推定方法を,他のいろいろな局面で応用することが,フェルミ推定,と呼ばれているらしい.フェルミ推定を使えば,例えば,「日本にピアノの調律師は何人いますか?」なんて途方もない質問に,ざっくり答えられるようになる.フェルミ推定とは,ということが理解できる本.本書で取り上げられる仮説のいくつかは,「フェルミ推定の公式に入れる数字が,間違っているからだ」というものである(例えば,知的生命体が生まれる確率ってのは,あまりに小さいから,地球人以外に知的生命体がいないのだ,とか).

宇宙人に興味がある人と,フェルミ推定に興味がある人にオススメ.

減量開始

昨日体重計のったら65kgもあった....ダイエットします.

やる気を出すために,体重の推移のグラフを書きます.青色が体重の推移.赤色が目標体重の58kgのライン.

http://graph.hatena.ne.jp/daniel1983/%E4%BD%93%E9%87%8D/

実は今年の2月くらいに体重のグラフ書いてたんだけど,それの続き.あれから10ヶ月たったが,その間に,グラフは急勾配で右肩上がり,体重が急上昇している!

健康になるために,適度にいい体作りにがんばります・・・・

Don’t feed me.

修士論文が

もうドラフトはあるけど,そろそろ最終版をまとめないと.提出は1月16日16:45までらしい.

散々オイラー方程式をGMM推定しまくったが,なかなかうまくいかないってことを痛感した.でも失敗の原因をだいぶ深くさぐったので,そこに論文の価値があると主張しよう.

まぁ,けっきょくこの程度の修論しか書けなかったってことは,博士にあがってもどうせ将来はなかったかな,という感想を持っている.自己評価が下方バイアスを持っているような気もするが,どちらかというと僕はむかしから自信家なので,このくらい悲観的でちょうどよいんだろう.