「大丈夫。おまえを必要としてくれる会社は、いくらでもある」

「大丈夫。おまえを必要としてくれる会社は、いくらでもある」

いろいろなことを考えされられる文章。箇条書きで感想をメモ。

1.この記事とは違い、「目的を設定し、最短ルートでそこに目指すように人生を歩むべき」と思うときもある。
2.「行き着く先の見えない航海へ出た結果、なんかしらんけどこんな地点にたどり着きました・・・という人生でもいいじゃん」と思うときもある。
3.前者を言う人に優秀な人が多い気がする。
4.あれ、優秀な人の定義ってなに?
5.「前者を言う人」を優秀な人の定義にしても、違和感はない。
6.別に「優秀な人」でなくとも良い気がする。
7.多くの人間は優秀ではないから(優秀ってのは相対的な概念なんだから)、こういう記事が人気になる気がする。
8.「優秀だろうが、優秀ではなかろうが、幸せな人生を送れればそれでよし」に反対する人は多分いない。
9.優秀なほうが、幸せな人生が送れるのだろうか?
10.他人と自分のどっちが幸せか、なんてことは比較できない。(=この話は、効用の比較可能性、という話と絡んでくる。)
11.優秀な人からみたら、優秀でない人は、「将来のことを考えていないので、生涯の期待効用を最大化しているとは思えない」とかんがえるかもしれない。
12.みんな異なる効用関数を持っていると考えれば、「優秀でない人」も生涯の期待効用を最大化していると解釈可能(主観割引率βが異常に低い個人がいても、不思議ではない。つまり、来期以降の効用のウェイトが異常に低い効用関数を持っている個人がいても、不思議ではない。)
13.優秀であろうと、なかろうと、みんな生涯の期待効用を最大化しているのならば、両者とも幸せで、どちらのほうが幸せかという議論に意味はない。

まとめ:価値観は人それぞれ。能力も人それぞれ。自分なりに最大限努力すればよく、他人と比較しても意味がない。

思った以上に長くなってしまった・・・。でも、「将来のことを考えたほうが、もっとbetter offになれる」ということを知らずに、将来のことを考えていないとしたら、そういう教育なり、能力開発することで、その人の人生はもっと豊かになれる。その意味で、教育が学習がやっぱり大切。

効用の比較可能性みたいな話は、あんまり詳しくしらないんですが、ちょっと文献を見てみようかな(ヒックスだったっけ、誰だったっけか、効用の比較可能性を論じたのって。忘れた。調べよう。)。

(追記)
John S. Millの、”It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied”という言葉をなんとなく連想してしまった・・・。あれでもこれって、異なる人どうしの効用が比較可能という前提に立っている文章だな、いま読んでみると。まぁ、またなんか思いついたら書く殴ってみます。

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