GMMのプログラム

二日くらい集中して,標準的なC-CAPMのオイラー方程式をGMM推定するプログラムをRで書きました.時系列データなので漸近共分散行列をNewey-West修正する箇所が若干めんどくさかったが,ちゃんと書けた.

Robert Shiller大先生のおかげで,データ整備にかける労力を削減できたのが大きい.といいつつも,Shillerのデータが正しいか,一応ソースをあたって確かめたわけだが.いや,ほんとShiller大先生のおかげだ.彼のウェブサイトのここ(http://www.econ.yale.edu/~shiller/data.htm)にいけば,危険資産や安全資産や消費データや物価水準データなどなどが,実質化されたものも含めていろいろ手に入ります.月次と年次の両方あって,なんとサンプル期間は1871年あたりからある.ありがたやー.

電波教授対策

こんな記事を発見.どこかの院生が書いたらしい.

これから大学院へ行く人へ -電波教授対策-

僕は幸いにしてよい先生方に恵まれたから,あんまりこういう悩みないんだけど.でも院生なんて,か弱い生き物で,教授の機嫌ひとつで将来どうにでもなって,不条理なことはちょくちょく起こっているらしい.たまに僕もそういう話を聞く.僕自身は経験ないけど.

雑学王と専門バカ

1年半くらい前,大学院に入ったときにもらった履修要綱にこんなことが書いてあった.

幅広い視野に支えられた高度な専門知識と研究能力の育成を目指している.これは言うに易くして行うに難い課題である.「幅広い視野」は「浅薄な雑学」になりやすく,また「高度な専門知識と研究能力」は「専門馬鹿」のしるしと見られがちである.

いいこと書いてあるじゃんってそのとき思ってたんだが,今になってこの言葉が身にしみる.別に経済学に限ったことではなく,どの分野でも言えることだと思う.

あるとき,ある先生が別の先生のことを「マリアナ海溝」と例えていた.一箇所を深く掘り下げまくっていて,その分野の専門知識の深さを敬う言葉であると同時に,ほかの分野に詳しくないという意味で,これは「専門馬鹿」ということでもある.ちなみにその先生は自分のことは,「大陸棚」と笑いながら言っていた.浅く広く,ということですね.

で,深さと広さのどちらを重視すべきか,この間のトレードオフは個人の好み・ウェイティングによって異なるだろう,と思っていたんだが,今日またある人と話をしていたら「体積を最大化するべきだろう」と言っていた.

なるほど,これは一つの基準だな,と思った.体積=広さ×深さ,なわけで.それならば,きっと立方体みたいになるのが最適化の解ですね,といったら,いいや,球体が理想だ,ってその人に返された.

これは一つの真理を言い当てている気がした.

抽象的な話で分かりにくいんだけど,球体や円というものは,なんとなく不思議な魅力があるわけで.その人の話によれば,「表面積を一定にしたとき,体積が最大化される立体は球体だから」とさ.僕は,(たて+横+深さ)を一定にしたときの体積最大化問題の解として立方体といったわけだけど,表面積一定で考えるあたり,どうも普通の発想ではない.

普通の発想ではないが,その答えが,なんか理想的な香りがした.

学問に限らず,自分の持っている知識や経験などを見ると,やっぱりけっこう偏っている.僕がある程度興味があって知っている分野を書いていくと,経済学,統計学,金融,政治,数学,IT,ビジネス,哲学など.他方,(興味がないわけじゃないと信じたいけど)あまり知らない分野を書いていくと,法学,文学,医学,ジャーナリズム,工学,物理,化学,心理学など.

自分の知識の形は,球体にはほど遠く,いびつな形をしているな~って感じた.言いたいことは,「なんとか一生かけて,自分の知識の形状を球体に近づけたい」と.

Movable Type 4.0へアップグレード

前回のアップグレード記録Movable Type インストールガイド さくらインターネット編を参考に,MT4.0にアップグレードしました.経緯をメモしておく.

(1)既存フォルダはmt.新規フォルダとしてmt2をつくり,ここにインストールしてみる.

(2)既存adminフォルダは,danielblog.こちらから,ユーティリティから「エントリーの書き出し」し,txtファイルに保存.
(3)mt2に無事,新規インストールが完了.mt2のadmin管理画面で,(2)のファイルをインポート.管理するblogのURLをmtに変更する.

とりあえずやったのはこれだけ.前回のアップグレードと同様,古いリンクにデザインが反映されてなかったりする(例:『リスク-神々への反逆』).困ったが,だいたいできたからもういいかな.

(追記)
4.0になって,メインページの扱いが大きく変わっていて,メインページ変更に手間取ってしまった.「テンプレートモジュール」とかいう概念があって,これに気付かず不毛な時間をすごしていた.詳しくは,Movable Type 4 のテンプレート構造などを参照.以前のように,メインページについて一枚のhtmlファイルにまとめず,メインページを親ファイルとしたとき,子供ファイル,孫ファイル・・・・というように,どんどん引用している構造になっているみたいだ.親ファイルはちょー簡潔になっているが,以前のほうが僕は慣れていたのに・・・・そのうち新しいのに慣れるかな.何事も,慣れたら便利になるものだし.

(追記2)
旧Admin画面(http://www.sugi-shun.com/danielblog/mt.cgi)を残しておくと悪さをするようなので(こちら側からコメントが追加されると,ブログが古い白いスタイルに引き戻されてしまう),削除.
また,無駄にできた新しいblog(http://www.sugi-shun.com/mt2)を削除.具体的には,index.html,archives.html,2007フォルダを削除.index.htmlを削除するとサーバー内が丸見えになるので,それを防止するためにとりあえずテキトーなindex.htmlファイルを新規に作りいれておいた.

アフィリエイトとAdsense

このblogも長いことやってるけど,いままで一切,広告を載せてこなかった.どういうわけでしょうね.もっと早くやってみても良かったのに.
とりあえずAmazonとGoogle Adsenseに参加してみよう.Amazonはすぐ承認されたが,Googleはなぜか拒絶されてしまった・・・ので,再度申し込み.
よくやり方をまだ把握してないので,徐々にやってみっか.

修士論文を

真剣にやらないといかん.テーマは決まっていて,Equity Premium Puzzleを解こうとしているんだけど,もうPuzzleが解けそうなことは目に見えているので,楽しくやれそうです.Puzzleを解く戦略は基本的に二つあって,でもまだ他言したくないから,それらを仮にβ戦略とγ戦略とここでは呼んでおこう.βとγ上の複合戦略も可能だが,あんまり複雑になると作業が増えるので,ほどほどにしたい.
この研究ネタは,科学について深く考察する良い機会になるっぽいと感じている.
Equity Premium PuzzleはMehra and Prescott(1985)で報告されたPuzzleで,C-CAPMの欠点をさらけ出したものなんだけど,羽森茂之(1996)『消費者行動と日本の資産市場』によると,日本のデータを使うと,そんなPuzzleは存在しないことになっている.
それで思ったんだが,一般に,「異なる国,異なる時代,異なるfrequencyのデータを使って同じ実証分析をやって,結果が違った場合,それをどう解釈するべきか」,ということ.実証するときは,条件をいろいろと一定にしないといけないと思うんだけど,現実に経済学で実証分析のの論文を読んでいると,そんな配慮はゼロ.サンプルサイズを同じにする,という程度の工夫もない.
アメリカ人が観測しようが,日本人が観測しようが,天体の動きは変わらない.でも,経済の場合,日米で国民性の違いとか制度の違いがあって,データ発生機構が同じではないはず.さらに時代が変わることでも,やはりデータ発生機構は変化するに違いない.たとえば,昭和の大学生の消費選好と,平成の大学生の消費選考が同じなはずない,とか.え,まさか?同じだって本当に信じてるの?うそでしょ?
計量分析で,一つのサンプルをボンって持ってきて,それに対して仮説検定に基づき白黒つけるやり方の背後には,「そのサンプル期間で,経済の構造(データ発生機構)が変化していない」という暗黙の了解がある.しかし,経済学者は,どれだけ本気でこれを信じてるんだろう.
さらに言うと,経済の構造が不変と信じているからこそ,その唯一つのデータ発生機構からもし無限にデータが取れたとすれば,真理(分布を規定するパラメータの真の値)に近づけるんだ,だから一致性が大事だ,という議論になっているはず.
時代とともに経済のファンダメンタルは変わるし,国ごとにも変わる,ということを受け入れてしまえば,「アメリカではEquity Premium Puzzleがあるが,日本ではない」とか「1970年のデータではこうだったが,最新のデータで追試したら違った」というような状況をよく理解できる.
天文学者が「天体現象に関する,時代や場所には依らない,普遍の法則があるはずだ」という信念を持つのと同様に,「経済現象に関する,時代や場所には依らない,普遍の法則があるはずだ」という信念を,本当に経済学者は持てるのだろうか?そんな信念,ハナからおかしい気がしている.
だから,ある経済理論Aがあって,その反対の理論Bがあったときに,「データを分析したら,この国の,この時代は理論Aが正しくって,別の国で,この時代だと理論Bが支持された」という結論を出しても良いと思う.そういう視点がないから「いろいろ計量的に分析してみたんだけど,理論Aと理論Bのどっちが妥当するか,よくわからないから両論併記で」みたいな,一体なんのための論文書いたんだよ,というような論文が世の中にたくさん出てくる.
言いたいことは,経済学者はみんな,クープマンスの「理論なき計測はダメよ」って言葉に縛られすぎ,ってこと.
あれ,なんの話してたんだっけ.そうだ修士論文だ.ここ数日でC-CAPMをさらっと勉強したから,次はGMMをやるか.ちょーどこの本で,GMMのところ輪読あたってるし.一石二鳥.
というわけで,Puzzleが解けたことを強調するためには,データはMehra and Prescottと同じものを使わないといけないな,と.

希望は戦争

最近,ネット上でこの記事が話題になっている模様.
「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。
出だしはこんな感じ.

平和とはいったい、なんなのだろう?
 最近、そんなことを考えることが多くなった。
 夜勤明けの日曜日の朝、家に帰って寝る前に近所のショッピングセンターに出かけると、私と同年代とおぼしきお父さんが、妻と子どもを連れて、仲良さそうにショッピングを楽しんでいる。男も30歳を過ぎると、怒濤の結婚ラッシュが始まるようで、かつての友人たちも次々に結婚を決めている。
 一方、私はといえば、結婚どころか親元に寄生して、自分一人の身ですら養えない状況を、かれこれ十数年も余儀なくされている。31歳の私にとって、自分がフリーターであるという現状は、耐えがたい屈辱である。ニュースを見ると「フリーターがGDPを押し下げている」などと直接的な批判を向けられることがある。「子どもの安全・安心のために街頭にカメラを設置して不審者を監視する」とアナウンサーが読み上げるのを聞いて、「ああ、不審者ってのは、平日の昼間に外をうろついている、俺みたいなオッサンのことか」と打ちのめされることもある。
 しかし、世間は平和だ。

最近すごく感じていたことがあって,それは「ネット上が負け組が不満を叫ぶ場になっている」ということ.基本的に,ネット上にて叩かれるのは既存権力を持った人たち.たとえば朝日新聞やらTBSが不祥事を起こすと過剰反応して「死ね」だのなんだとの2ちゃんねるとかで叩きまくる.不祥事を糾弾しているとうより,いまの日本社会では圧倒的な勝ち組である朝日新聞やTBSの社員をうらやんでいるだけのような印象を受ける.たとえば痛いニュースとかこういうサイトが人気サイトになっているあたりが,この傾向を象徴している.
あ,関係ないけど,Hatenaユーザーってネットの中でも変人たちが多い気がする.とてもネットユーザーという母集団からランダムサンプリングされているようには思えない.というかちょっとキモイやつらが多い.モテだの非モテだの,なにかしらのコンプレックスをもった人たちが変なことばっかり議論している.そのことを差し引いても,増田での格差問題を論ずる文章は多いと思う.
話を戻す.
ネットカフェ難民という言葉も定着しつつあるが,相変わらず「日本の格差はそれほど問題ではない」「格差が問題なのは,たとえばエジプトみたいな国のことを言うのだ」という認識を僕は持っていた.しかし,どうやら東大の入学者の親の平均収入が約1000万あるらしい(ソース).東大も格差問題に対応するために,これからは400万以下の家庭は学費免除だそうだ(ソース).そういうわけで,親の年収に拠って,格差が子供世代で再生産される可能性があるらしいので,「日本の格差なんて問題じゃない」という認識は間違っていたのかな,と思い始めていたところだった.
と,こう考えていた矢先に,「希望は、戦争。」なんて文章を読んでびびった.下層の家庭に生まれたら子供も下層になるということを避けなければならないばかりではなく,(たとえ下層の家庭に生まれたわけでなく本人が怠けて21歳くらいのときにちゃんと将来のことを考えなかったのが原因だったとしても)こういう31歳フリーターを救済する措置もとらないといけないと感じた.
この文章には続きがあって,それがこれ.

けっきょく、「自己責任」 ですか 続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで

 現状のまま生き続けたとしても、老いた親が病気などによって働けなくなってしまえば、私は経済基盤を失うのだから、首を吊るしかなくなる。その時に、社会の誰も、私に対して同情などしてくれないだろう。「自己責任」「負け犬」というレッテルを張られながら、無念のままに死ぬことになる。
 しかし、「お国の為に」と戦地で戦ったのならば、運悪く死んだとしても、他の兵士たちとともに靖国なり、慰霊所なりに奉られ、英霊として尊敬される。

いまの日本には,失うものが何もなく先になんの希望もない31歳フリーターで,「自殺するくらいなら戦死して英雄になりたい」と明言している人間が少数でこそあれ,確かにいるわけだ.こういうタイプの人間は失うものがないからこの先なにをするか分からない(この文章を書いた本人のことをいっているわけではないが,犯罪の温床となりうるということ).このリスクを放置するコストより,政府が救済して未然の予防をすることによる国民の安心感というベネフィットの方が大きい気がしている.それに,やっぱりかわいそうだからなんとかしてあげたいし.
かなりおぼっちゃん育ちの僕ですらこういう認識を持ち始めているんだけど,我が国の総理大臣はというと,どれくらいこういうことを理解しているのだろうか?
現在の日本の最大の問題は,総理大臣が安倍晋三という,受験を一度もせずに小中高大とずっと私立の一貫教育に育った温室育ちのおぼっちゃんだということでしょう.温室の中にいるから台風がきてもどこ吹く風の人生だったんだろうが,そんな人には雑草の気持ちが分からない.しかも頭も悪い.いい人でしっかりしている,というだけでは総理は務まらん.折に触れて「私の祖父の岸信介は・・・」とか言っているが,あれが信じられん.「かつての総理大臣,岸信介は・・・」といって欲しい.どんだけおじいちゃんっ子なんだよ.
ちなみに,「丸山眞男」をひっぱたきたい,と言う言葉が刺激的だけど,この文章を書いたひとは別に深い意味はなく,ただ「戦争で兵役にいけば,フリーターの俺でも東大のエリートをひっぱたくチャンスがある」と言っているに過ぎない.