学問(learning)

Adaptive Market Hypothesisと不思議の国のアリス

昨日ショッキングなことがあったんだが,プラス思考しようと思って,この論文をちゃんと読んでみた.
http://web.mit.edu/alo/www/Papers/JIC2005_Final.pdf
著者は,『ファイナンスのための計量分析』でも有名なMITのAndrew Lo教授.計量ファイナンスの世界で大御所.
この論文では,Adaptive Market Hypothesisなる仮説が提案されている.直訳すれば,「適応市場仮説」とでもなるのかな.ここで「適応」とは,生物学における進化論と同じ意味でLoは使っている.つまり,生物が環境の変化に適応しようと進化していくのと同様に,市場参加者が市場環境の変化に適応すべく,進化・変化していくようなモデルを考えている.
通常,経済学者は「合理的期待」とか「均衡」とかいう概念が大好き.人々が合理的ならば自己の効用なり利潤なりを最大化するはずで,その結果達成される市場均衡は,非常に良い状態(具体的にはパレート最適とか)になれるんだ,この考え方が経済学の基本.アダム・スミスの「神の見えざる手」という表現にこの考え方は凝縮されている.
Loの仮説では,市場参加者は市場環境の変化に適応し進化していく状況を考えるということは,「経済主体は変化する」状況を考える.ところがこれはアダム・スミス以来の上記の経済学の考え方に大きく反する.主流派は,「人は常に効用を最大化している」つまり「人は時代を通じて変化しない」と考える.
まとめると,伝統的経済学では「人々の好みみたいな基本的な性質は,生まれてから死ぬまで不変」と考えるが,Loは「人々の好みは,時代や環境や年齢とともに変わる」状況を考える.だからLoの発想はとても刺激的で,経済学の主流の人たちは到底受け入れないだろうな.
で,まだ院生で24歳の僕は,「は?Loなにいってんの?伝統を重んじようよ」とちょっと思ってしまった.だいぶ経済学の古い世界に漬かってしまったということか・・・.新しい考え方が出てくると,必ず伝統派にたたかれる.いつの間にか僕は「伝統派」にちょっぴり傾いてしまったようだ.新しい斬新なアイディアが出てきてそれが正しいとすると,自分がそれまで時間をかけて勉強したことの価値がなくなるので,伝統派は新しい危険な発想を受け入れ拒否するincentiveが働くから,仕方ないんだけどね.
Loの仮説を読んで思ったのは,不思議の国のアリスの話.

「さあさあ」女王が叫んだ。「もっと速く、もっと速く!」 2人はあまりに速く走ったので、そのうち空中をかすめ飛んで足がほとんど地面に触れないくらいになった。アリスは不意にすっかり疲れ切って立ち止まると、息切れとめまいを起こして地面に座り込んでしまった。
女王はアリスを木にもたせかけて立たせると、優しく言った。「少し休むといい」
アリスは周りを見回して驚いた。「あら、ずっとこの木の下にいたみたい! みんな元のままだわ!」
「もちろん元のままだとも」と女王が言った。「どうなると思ったの?」
「だって、私たちの国では」アリスはまだ息を切らしながら答えた。「普通どこか別な場所に着くものだわ——あんなふうに速く長い間走っていれば」
「それはまたのろまな国だこと!」女王が言った。「ここではね、同じ場所に居続けようと思ったら、ずっと走ってなきゃいけないわ。
どこか別な場所に行こうと思ったら、その2倍は速く走らないと!」

ソースはここ
時代(市場)も動いているし,周りも動いている(市場参加者ももうけるために分析している)んだから,普通に動いている(普通に投資)だけでは,同じ場所にいるだけ(市場平均のリターンを得るだけ).誰かより先に行きたかったら(市場平均を凌駕したければ),二倍の速度で歩かないと(とっても有能でないと)いけない.
こう書くと,Loの発想のほうがむしろ自然だと,経済学の素人は思うかもしれないね.

Adaptive Market Hypothesisと不思議の国のアリス” への3件のフィードバック

  1. はじめまして、現在学部で経済学やっているものです。興味深く読ませていただきました。
    adptiveという単語は初めて聞きました。ここで挙げられた意味とはまったく同じではないでしょうが、ミクロ・ゲームでも動学ゲームでモニタリングを入れて意志決定の確率分布が変わったりする分析もありますし、マクロでもlearningという概念がでてきたりしてますから(詳しくはわからないのですが…)、理論の基礎づけもできそうな感じがします♪
    検討違いのこと書いていたらすいません(>はじめまして、現在学部で経済学やっているものです。興味深く読ませていただきました。
    adptiveという単語は初めて聞きました。ここで挙げられた意味とはまったく同じではないでしょうが、ミクロ・ゲームでも動学ゲームでモニタリングを入れて意志決定の確率分布が変わったりする分析もありますし、マクロでもlearningという概念がでてきたりしてますから(詳しくはわからないのですが…)、理論の基礎づけもできそうな感じがします♪
    検討違いのこと書いていたらすいません(>

  2. hirokazu matsuokaさん,
    コメントありがとうございます.
    そうですね,ミクロで確率分布が変化するモデル,マクロ動学でもlearningとかschoolingみたいな発想がありますから,経済学は必ずしも何も変化しない状況を考えているわけではないですね.
    でもLoのこの論文は,もっとなんというか,伝統的な経済学を完全に無視していますね・・・・笑.認知神経科学で前頭葉がどうたらこうたら,みたいな話も出てきて,emotionがdecision makingにどのように影響を持っているか,という議論もかいてます.
    さらに,Loは「現実の市場が均衡にあるわけないじゃん」,というスタンスを採っていて,それも気になります・・・.

  3. そこまで言ってるんですか…、ニューロエコの話も…。
    非経済学者からの経済学批判には、いろいろと言い返せるのですがLoのような大御所が言ってるとなると、なんと言っていいのやら(笑)
    ただやっぱり簡単なモデルをベンチマークにするのそれなりに意義がありますよね。メカニズム・デザインや初期RBCは極端ですが、だからこそそこからの乖離を調べることで経済学も進化しましたし。んんでも、不安定で一時的でも均衡はあるような気がしますよね…、僕も伝統的な経済学にどっぷりつかっているのかもしれません(笑)

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