『不完全性定理―数学的体系のあゆみ』の読書感想


非常に勉強になったし,知的に楽しかった.僕は数学者ではないので,理解できないところもあったし,誤った理解をしている部分もあるかもしれないが,本書を通じ,ここまでの人類の知的な営みが到達した偉大な業績に触れることが出来たと感じた.
目次はこんな感じ.

第1章 ギリシャの奇跡 
第2章 体系とその進化
第3章 集合論の光と陰
第4章 証明の形式化
第5章 超数学の誕生
第6章 ゲーデル登場

第1,2,3章は数学の歴史.第4,5,6章は超数学の平易な解説.特に美味なのは第6章で,ゲーデルが証明してしまった「不完全性定理」についての解説が為される.
カンタンにあらすじを書く.
第1章では,「仮定を置く」という行為を行った古代ギリシャ人の偉大さについて触れる.「点の面積は0」というのは,仮定であって証明できることではない.事実かどうかは分からないが,「そうだと仮定すればいろいろ都合よくその後の議論が出来る」ということで,「正しい根拠はないが,そうだと仮定してしまえ」とやった.「なぜ?」という疑問に答えることを棚上げしてしまったと言ってもよい.続いて,仮定から導かれる定理を厳密に証明する作業を行ったユークリッドの『原論』の偉大さについて触れ,公理系の大切さに触れる.
第2章.ユークリッドの公理系の穴を埋めようと努力した偉い人たちのお話.こういう努力が公理系を進化させた.
第3章.カントルの集合論の登場.[pp.110]より引用すると,彼の登場によって,

無限にも程度があって,小さい無限,大きな無限,もっと大きな無限,等等が存在することなどが分かった.

現代人は数学の授業などで割りと当然にようにこれを習うが,当時にしてみればセンセーショナルだったらしい.当然か.当時の数学界の大ボス,クロネッカーはカントルの集合論を攻撃したらしいが,次世代のスーパースター,ヒルベルトに評価され,受け継がれたらしい.
第4章.集合論の登場によって,数学には危険があるのでは?という議論が活発になり(例えばカントルのパラドックス,ラッセルのパラドックスなどが引き金となった),数学のさらに厳密な基礎付けをやろうという動きが出てくる.そんな動きの中,証明の形式化が進んだようだ.証明の形式化とは,「意味」と「数学」を切断する,というイメージに僕は感じた(追放ではなく,切断!).大雑把に言えば,証明をコンピュータにも出来るようにすること.コンピュータにも出来るということは,一切の主観が排除された,信頼できる結果だろう,ということだと思う.
第5章.超数学の登場.超数学とは,「数学の数学」という感じ.数理哲学とは別物らしい(ここら辺から,何を言っているのか難しくなってくる).要は,「数学って論理的で厳密で客観的だと信じられてきたけど,それ,本当?」ということを,数学を使って証明しよう,ということらしい.そして,「おう,数学って安全だぜ」ということを言いたい.それがゴールだと思われていた.
第6章.ところが,ゲーデルが,「数学って安全ではないかもしれない」ということを数学的に証明してしまった.それが有名なゲーデルの不完全性定理で,次のようなもの([pp.246]より引用).

自然数論を含む述語論理の体系Zは,もし無矛盾ならば,形式的に不完全である.

「形式的に不完全」とはどういうことかを説明する.ある数学の文章Pがあったとしよう.Pは,例えば「2は偶数である」とか,「3の2乗は9である」とか,なんでも良い.このPは真が偽かのどちらかで,通常,真偽は判定できる.どんなPを持ってきても,真偽を判定できる体系を,「形式的に完全」と言う.すなわち,「形式的に不完全」とは,「真か偽か判定できない文章が紛れ込んでいる」体系ということである.
これでは困る.自然数論において扱う自然数の性質について述べた文章Pがあったとき,それが真か偽かを判定できないとうことは,この体系は,自然数の性質について完全に捉えることができていない.だから,この定理を「ゲーデルの不完全性定理」と呼ぶ.
「ゲーデルの不完全性定理によって,人間の知性のある一つの限界が,人間の知性によって証明されてしまったのだ!」という驚くべき結果に向かって,古代ギリシャから脈々と受け継がれてきた人類の英知の挑戦,ロマン,ドラマ,数学の歴史が紐解かれている本書は,本当に知的に興奮した.
本書は,小飼弾さんのブログ,404 Blog Not Found経由で知った.小飼弾さんは,このblogなどを見るにやたらインテリという印象を持つが,その小飼弾さんが

もしかして、今まで読んだ数学書の中で最高傑作かも知れない。

と言うだけあった.

GDP上昇→株価上昇

内閣府が15日発表した昨年10―12月期の国内総生産(GDP)の速報値は物価変動の影響を除いた実質ベースで前期比1.2%増、年率換算で4.8%増となった。7―9月期に大きく落ち込んだ個人消費が2期ぶりにプラスに転じたほか、設備投資が引き続き堅調に伸び、内需主導の成長に戻った。プラス成長は8・四半期連続。低成長にとどまった7―9月期の反動ともいえるが、日本経済は総じて息の長い景気拡大を続けているといえる。

実質GDP年率4.8%成長、10―12月期@NIKKEI NET
明るいニュースに対して,株式市場は素直に反応した.

前日の米ダウ工業株30種平均が過去最高値を更新するなど米株式相場の上昇に加え、取引開始前に発表された2006年10―12月期の実質国内総生産(GDP)速報値が年率4.8%増と市場予想を上回り、国内景気の拡大を好感した買いが入った。

日経平均5日続伸、終値144円高の1万7897円@NIKKEI NET
実質GDPが成長しているなんて話になると,当然,日銀の利上げ観測&政府によるけん制の動きも出てくる.うっとおしいので,政治のことはとりあえず考えないことにする.
このニュースのポイントは,「予測が外れた点」だと思う.
実質GDPが成長した,というのももちろん,市場にプラスの影響を持つ.その数字が,年換算で4.8%という高い水準にある,という事実も,市場にプラスの影響を与えたと思う.しかし一番のポイントは,「4.8%という数字が,事前の予測を上回った点」にあると思う.
もし4.8%が事前の予測されていたら,今日株価はこれほど上がらなかっただろう.4.8%という予測が立てられた時点から,じわじわと株価が上昇してきて,今日4.8%という数字が発表され,「お,やっぱり4.8%だよ」程度の反応しか市場は示さなかっただろう.
現実に,人間は経済予測を立ててもぜんぜん外れる.この事実に対して,経済学者が大好きな合理的期待という概念は,どう対峙すべきなのだろう,と思った.
自分の持つファイナンス理論の知識を参照しつつ,現実の株価指数や為替レートを観察していると,考えさせられることが多い.具体的にどんなことをいま感じているか,メモ.
(1)それが正確な解説かどうかはさておき,「現実株価の動きの尤もらしい解説」を思いつくこと自体はかなりカンタン.要は真理の追究というよりは,いかに他人を説得できるロジックを構築するか,ということなので,極端に言えば,「複数の尤もらしい解説」を作れる.
(2)正確さを求めると,経済学やファイナスなどの知識をベースに,「どの解説が,現実株価の動きの何%を説明しているか?」を,データを用いて計量的に分析しなければならない.合計が100%に近くなるまで,要因をリストアップしなければならない.
(3)よって,さまざまな経済記事にある株価の動きの解説記事を読んで「これって本当か?」とか「本当だとしたら,株価変動の何%を説明しているのか?」ということを考えることが,自分の経済学の見識,経済センスを強化する.(株価変動の要因を全てリストアップすることは不可能な点に注意.例えば二つ,考えられる要因があったとしよう.要因①は70%くらい,要因②は25%くらいの要因となっている,とかいうことを知りたい,ということ.)

G7,為替,株,金利

ドイツで開催されていたG7.G7とは世界主要七カ国の財務大臣とか中央銀行総裁とかが集まって,世界経済の現状と問題点を確認して対策について議論し,声明を発表する場所で,市場に対して影響力がある.だって,世界のえらい人たちが一同にあつまって,みんなそろって「最近の円安は問題だ」とかいう声明を出したら,投資家としては,「そうか,これからえらい人たちは円高になるように努力していくのかな」とか考えるので,マーケットに影響を与える.(ちなみに,Krugmanはこの本で,G7が共同して世界経済の問題に取り組んだってたかが知れている,とか言っていた.)

円キャリー取引に懸念の声
【エッセン=小野田徹史】先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は、声明で、日本経済の回復が「市場参加者のリスク評価に織り込まれていくと確信する」と明記した。その後のG7関係者の発言から、声明が指摘した「リスク」とは、円安の要因になっている「円キャリー取引」の拡大を強く意識したものであることが浮き彫りになってきた。
G7終了後、国際通貨基金(IMF)のロドリゴ・ラト専務理事は記者団に対し、「投資家は円キャリー取引から生まれる利益だけでなくリスクにも気づくべきだ」と発言した。ドイツのペール・シュタインブリュック財務相も、G7後の議長国記者会見で、円を名指しこそしなかったものの、「キャリー取引の問題を含め、市場はリスクを認識してほしい」と強調した。
G7関係者が相次いで言及した「円キャリー取引」は、低金利の円で調達した資金を金利が高い外国通貨と交換して資産運用するもので、円を他国通貨と交換する際、大きな円売り圧力が働く。この取引が拡大している背景には、日本の超低金利政策があり、独財務相らの指摘は、日本の金融政策に疑問符を突きつけたものとも言える。
日本銀行は20、21日に金融政策決定会合を開き、追加利上げの是非について「詰めた議論を行う」(福井俊彦総裁)方針だ。超低金利政策に対するG7諸国の見方を金融政策の運営にどう反映させるか、日銀は重い課題を背負った。

G7 警戒感は共有 具体策では各国に距離@読売新聞
で,現状は円安なんだけど,もしここで「円安って問題だよ」とG7が宣言したら,株安になると考えられていたが,実際にはG7は「円安って議論すべきだけど,大問題ではないよ」程度にとどまったので,株安にはならず,むしろ株高になる一因となった.それで,僕は日経平均は下落すると予想したが,見事に外れたわけだ(ここ参照).
ここら辺の説明は,以下が分かりやすいかな.

ただ、独エッセンで9―10日に開いた7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議が共同声明で円安に直接言及せず、円安是正を材料とした日銀の追加利上げ観測が後退したことが下値不安を和らげている。

東証寄り付き・反落後に一時上げる G7円安言及せずが下支え@日経新聞
ここで,利上げ観測があれば,株安になる,という経路もある点に注意.なぜならば,消費者は(消費も含めた)ポートフォーリオの中身を組み換えて,債券保有率を高めるから,とかいうのがよく言われる理由.
為替レートと株式市場(と金利)の関係について,自分の頭を整理したい.よく為替レートと株式市場の関係について新聞記事などで読むことがあるが,両者の関係について,自分の頭が混乱している.以下の社説にあるように,金利についても考えなければならない.

G7会議では、最近のユーロ高で輸出競争力の低下に苦しむ欧州勢が、特に円安に懸念を表明した。米欧に比べ低い日本の金利で円を借りて金利の高い他国の金融資産などに投資する円借り(円キャリー)取引も、円安を助長していると問題視する声も出た。尾身幸次財務相も会議後の記者会見で「一方的に偏って行動することのリスクを認識することが望ましい」と述べ、円安の背景にある投機的な取引をけん制した。

社説1 市場の潜在リスクに警鐘鳴らしたG7(2/12)@日経新聞
円キャリー取引とかいう言葉が出てきていて,話に為替レート,株式市場だけでなく金利も登場している.
つまり,論理はこんな感じ.
日本は低金利
→国内投資家は円キャリー取引
→円安
→日本株高
という現状で,G7で「円安なんとかしろ」となったら,なんとかするために日銀がさっさと金利引き上げをするなどして円高に向かわせることで,株安が来るのでは,という発想.(くどいが,利上げ観測そのものも株安を誘発する.)
ここまで暗黙の了解として,円安→株高,円高→株安という論理を使っている.実際,2005年から2006年までの2年間,為替レートと日経平均の月次(月中平均)をとってグラフを描けば,こんな感じになる.
exchange_nikkei225.bmp
まぁ,確かに円安→株高,円高→株安が成立しているっぽいね.ここ2年ほど,確かに日本円は円安の方向に向かっていることも確認できる(上図).だけど,1971年からのデータをグラフに描いてみると,為替市場と株式市場にそんな関連性があるとは思えない(下図).
exchange_nikkei225_1971.bmp
というわけで,為替レートと株式市場の関係について,どういう関係にあるか,実ははっきりしたことが僕は分からない.おそらく実証的に知るしかないような気がする.誰か,ここらへんの関係を明快に説明できる人いませんか?(為替市場と株式市場だと,為替のほうが売買規模が圧倒的に大きい,とか,貿易を通じた企業業績への影響,などなど,いろいろな要因があって,計量的に知るしかない気がするんですが・・・直感的には,企業は為替リスクを近年になってヘッジする経営努力をするようになってきているので,二つ目の要因・経路は,近年,相対的に小さくなっている気がする)
話は変わるが,

こうした資金は円相場と新興市場国の二つのリスクを知らず知らずのうちにとっている可能性がある。日本国内の超低金利、円安が永続するわけではないし、新興市場国の成長が一本調子で続くとは限らない。

社説1 市場の潜在リスクに警鐘鳴らしたG7(2/12)@日経新聞
僕は,円キャリー取引をするような人間ならば,二つのリスクがあることをちゃんと理解していると思うのだが・・・素人は円キャリー取引にうかつに手を出すな,というメッセージなのかな?
長々とエントリーを書いてきたが,
(1)ここ2年ほどの円安の原因を知りたい(内外金利差だけじゃないんでしょ?)
(2)為替市場と株式市場の関連性を知りたい
(3)G7が市場へ与える影響の大きさを知りたい(去年のG7は,世界同時株安と関連していたのか?)
(4)いったいいつ利上げするんだ日銀
(5)バーナンキはどれくらい利上げする気なんだ(インフレとどう戦うんだ)
という感じの疑問を,自分の脳から抽出して,おやすみなさい.

日経平均の予測に失敗

連休中に,今日の日経平均株価指数の終値の予想をした(ここ参照).
予想:17388.77円
現実:17621.45円
・・・というわけで,ぜんぜん外れました.株価は下落するという予想だったが,逆に上昇した.しかも,

東京株式市場は、3営業日続伸。日経平均は終値で昨年来高値(2006年4月7日終値1万7563円37銭)を更新。日経平均終値は、前営業日比117円12銭高の1万7621円45銭となり、2000年5月10日(終値1万7701円47銭)以来、約6年9カ月ぶりの高値水準となった。

東京株式市場・大引け=3日続伸、日経平均終値は約6年9カ月ぶり高水準
朝日新聞

とあるように,2000/5/10以来の高値水準となった.
予想が外れたといったが,他のモデルを使えばあたっていたかもしれない,という考え方もあるだろう(例えば,ARMAモデルではなく,ARCH型モデルなどをなぜ使わなかったんだ,とか).しかし,他のモデルを使ったとしても,たぶんあたらなかったんじゃないかな,と思う.
また,使ったデータが多すぎる,という意見もあるかもしれない.直近の1年分くらい使えば十分で,35年以上もの膨大なデータを使わないほうがいい,という人もいるかもしれない.しかし,僕はこれについても懐疑的だ.
経済学や時系列分析の知識をどんなに駆使しても,明日の株価予測なんて出来ない,と僕は思っている.そうすると,経済学に対する失望が聞こえてきそうだが,逆だ.どういうことかというと,「株価にはあらゆる情報が織り込まれているからこそ予測は不可能なのであって,それだけ市場は万能・効率的なのだ」と学者はむしろ考える.「もし株価予想が可能だとすれば,誰かがその儲けるチャンスでちゃっかり儲けているはずで,そんなチャンスが転がっているはずがない」という考え方だ.これは,「経済主体は効用最大化・利潤最大化するはず」という経済学者の前提に基づいている.つまり,人はみな合理的だという経済学者の頭を支配している概念と整合的なので,むしろ経済学者は「株価は予想不可能」という考え方を歓迎するのだ.
「どんなモデルを使ったとしても,常に予想を当て続けることなど出来ず,市場を打ち負かすことなどできない」という学説があって,これを市場効率仮説と呼ぶ.
今回の予測では,日経平均の予測をするのに,過去の日経平均データのパターンを統計的に抽出する方法をとった.このように,過去の株価を見るだけでは将来予測が出来ない場合,弱度の市場効率仮説が成立しているという.
また株価に影響を与えうるあらゆる経済変数(例えば,金利,企業の業績発表情報,景気指標,などなど)をつかってモデルをつくっても,予想は不可能な場合,準強度の市場効率仮説が成立しているといいう.
さらに,強度の市場効率仮説は,インサイダー取引のように,特別な情報に基づいても株でもうけられない,と主張する.
経済学者は,弱度の市場効率仮説はほぼ現実に妥当していると考えているが,強度の市場効率仮説までもが現実に成立しているとは考えていない.準強度の市場効率仮説の妥当性については,「意見の一致が得られていない」という感じだと思う.
市場効率仮説みたいな学説は,経済学者の「市場への絶対なる信頼」がベースにある.この仮説にまつわる実証分析は1990年頃まで膨大に行われたが,結局,テクニカルな問題もあって,決着がつかないまま,「学者はこのテーマにみんな飽きてしまった」という印象を持つ.

連休明け,火曜日の日経平均株価を予想してみる

遊びでやってみよう.あくまで遊びなので,僕の分析を信じるかどうかは自己責任でお願いします.
予想するには,いろいろな方法があるが,ここでは時系列分析の手法を用いる.時系列分析とは,日経平均株価の過去の時系列データを見て,一種のパターンを見出し,このパターンに基づいて未来を予測する分析方法.
使うデータは,日経平均株価,日次の終値データ.サンプル期間は,1972/1/4~2007/2/9.データ数(サンプルサイズ)は 9299個.尚,データの出所は2006/3月までは日経NEEDS,2006/4月以降の最新データは,ここより取得した.
まず,基本的な情報.
これが,ここ35年ほど,一昨日までの日経平均株価の推移.
N225_price.bmp
で,これが,収益率データに変換したデータの推移.
N225_profit_rate.bmp
青色は,ここで示された期間の中で一番大きな上昇率を示した1990/10/2を示している.この日,日経平均株価は約13%の伸び率を記録した.日次で13%の上昇は,驚異的だ.面白いのは,これを記録したのが株価が1989/12/29にバブル最高値の38,915.87円を記録した後である点だ.図を見れば分かるとおり,青色で示されたところでは,既に株価が坂道を転げ落ちている最中である.坂道を転げ落ちる最中の1990/10/2に,どいういう訳か約13%という歴史的な伸び率を記録しているのである.
反対に,赤色は,ここで示された期間の中で一番大きな下落率を示した日を示している.アメリカでブラックマンデーと呼ばれた1987/10/19の翌日の1987/10/20で,たった一日で約15%も日経平均株価は下落した.
もう一つ,図を観察すれば気づくことがある.それは,1992,3年頃を境に,株価収益率の変動幅が大きくなっていることだ.株価そのものの変動性ではなく,収益率でみているので,株価の水準そのものは影響されないから,1992,3年頃以降,日本の株式市場は確かに変動性が大きくなっている=リスクが大きくなっている(=リターンも大きくなっているっぽい)ということまで分かる.
以上,余談.次,本題.つまり,週明けの2007/02/13(火)の日経平均株価を予想してみよう.時系列分析では,学術的な理由あって,収益率データを使うことが多い.ここでも収益率データを使った.
分析結果を先に示すと,来週火曜の日経平均株価の予想は,17388.77円.どうやってこの数字にたどり着いたか知りたい人は,続きを読んでください(激しく専門的なので,経済学の院生とかでないとまったく理解できないと思います).

“連休明け,火曜日の日経平均株価を予想してみる” の続きを読む

”The Age of Diminished Expectations”By Paul Krugmanの読書感想

The Age of Diminished Expectations The Age of Diminished Expectations
Paul R. Krugman

Mit Pr 1997-08-08
売り上げランキング : 21498

Amazonで詳しく見る by G-Tools

和訳版もあるらしい.(本の題名の邦訳が意味不明.)
Paul Krugmanは超一流経済学者(歴史に名前を残す可能性のあるレベル)で,彼の著書を読むのは僕は3冊目.(1冊目はこれ,2冊目は,これ.)2冊目は本当に砕けた文体だったが,それに比べるとちゃんとした文体.
割と平易に書かれている.といっても,マクロ入門レベルの知識はあったほうが,気持ちよく理解できる.しかし,中級以上のマクロ経済学の知識は必要ない.数学なんて一切しらなくっても理解できる.逆に,これだけの基礎知識だけで気持ちよく現実経済についてモノを書けるKrugmanの才能はすごい.
経済学では何が分かっていて,何は分かっていないのかの線引きが明確になっていて,気持ちいい.知ったかは一切ない.自分が分からないことは分からないと述べている.それは,自分が分かっていることについての自信の表れでもある.知ったかぶりのインテリの俗説は,実名を出して一刀両断.
本の最後で,今後のアメリカ経済がどうなるかというシナリオを3つ書いている.3つのシナリオはこういうものですよ,と書いた上で,以下のように書かれている.([pp.204])

Finally, there is a fourth scenario that I do not include. This is the scenario in which the voters and the politicians take a realistic view of the situation, and decide to act responsibly and decisively now rather than wait until action becomes unavoidable. It is easy to describe the economics of this scenario, but it seems so unlikely that it is hardly worth discussing.

人は合理的なんかじゃないってことを,Krugman流の皮肉っぽい文章で表現していて,おもしろいと思った.

留学はいばらの道

留学についてここ数週間,かなり調べてみた.大体どんな感じか,把握した.一言で言うと,いばらの道.
アメリカのPhDを取得していなくっても優秀な研究者はもちろんいる.しかし一般に,経済学者を目指すなら,アメリカの大学院でPhD in Economics (経済学博士号)を最短でとることを考えるべきだと思う.なぜアメリカかと言えば,経済学研究の場合,圧倒的にアメリカが強いから.
PhD留学をするならば,ハードルがたくさんある.そこそこ高いハードルが大量にある,という感じだろうか.
当然まず英語.TOEFL250以上ない人は,お話にならない.といっても,英語力はいくらあっても足りない.250あっても,日本人に生まれた時点で,語学で苦しむことは間違いない.ここであきらめる人も多いだろう.簡単に言うが,現実にはそんなに簡単に250を超えられる人はいない.僕も250を超えたのは,学部4年だった.
次,推薦状3枚.なるべく自分のことをよく知っている人で,なるべく研究業績の高い人,というのが目安.教授はウソは書かないので,客観的に自分を評価してくる.つまり,自分が優秀であることが前提となる.さらに教授へのアピール・コミュニケーションが大事になる.
三つ目はGRE.アメリカ版センター試験みたいなもの.他の準備,勉強と併行して対策しないといけないので,大変.
四つ目はGPA.つまり,日本の大学や大学院での成績(特に数学の成績を重視するそうだ)のこと.Aを4点,Bを3点,Cを2点として,単位で加重平均したスコアで,3.5欲しいところらしい.僕は学部1,2年でサボったので,学部GPAは3.3しかない(それでも,3年になってから留学を意識し,3,4年でよく取り戻したと思う).大学院での成績は,春は全部Aだったし,たぶん秋もA以外はないと思う.だからたぶん,成績がボトルネックで留学が出来ないということはないと思う.当然,applyしてくる人はみんな成績優秀だろうから,僕の場合,どこかで学部GPA3.3という汚点を取り戻すアピールがないといけない.その意味で,いまやっている論文をなんとか今年中にPublishしたい.
五つ目はStatement of Purpose.エッセイ,研究計画書みたいなもの.
奨学金に応募しまくる,というのもけっこう心労.PhDをやる人は,ほとんど奨学金をとっているみたいだ.学費免除+生活費支給,というのも,優秀ならば夢ではない.せっかく合格してもカネがなくってあきらめることにはなりたくない.
以上と併行して,アメリカで落ちこぼれないように,渡米前になるべく学力を蓄積しないといけない.笑い事じゃなく,アメリカは競争社会でおちこぼれた人は,容赦なくクビをきる.その情け容赦の無さがアメリカの強さの源なのだろう.さらに,トップスクールを狙うならば,研究も一生懸命やって,研究者としての素質を見せることも考えるべきかもしれない.そういうことを考えたら,いま書いてる論文は,なんとか今年中にどこかにPublishしたい.
なんとか留学出来たとしよう.すると,初っ端にコースワーク(ミクロ,マクロ,計量)を死ぬほどやらされる.1年目の最後にテストがある.このテストは,翌年にもチャレンジ資格があるらしい.つまり,二回のチャレンジで突破しないといけないらしい.突破できないとクビになる.その際,かわいそうなので残念賞にMaster(修士号)をお土産にあげる.このページによれば,Boston Universityでは1回目のチャレンジでは,1/3がミクロとマクロの両方のテストに落っこちているようだ.最初の1年は,英語の問題もあるし,異国の地で勉強ばかりさせられ,かなりの精神的負担のようだ.
2,3年目は,フィールドワーク.指導教授を選択し,そのもとで研究助手,TAなどをやり,自分自身の研究を開始する.研究を開始すると簡単に言うが,研究とは「他の誰も到達していない新領域に,自分がはじめて足を踏み入れる行為」なので,かなりつらい.柔軟性が必要.頑固な学生はここでつまづく.
4,5年目は,研究を成就させる.論文を形にして,PhD論文を提出.アメリカの大学への就職を希望するなら,5年目は就職活動.
・・・このように,精神的コスト,金銭的コスト,時間的コスト,という三重コストを支払って,得られる対価はPhD,研究者としてやりたいことが出来る楽しい人生,ということになる.
さぁ,合理的判断は,どちらだ.留学か,就職か.ああ~・・・.どちらを選択するかで,今後の人生が大きく変わる.どっちを選んでも,見る視点によっては大差ないのかもしれないが.しかし,個人的には英語も出来るし経済学もよく学んできたし,自分の計量センスは突出していると思っているし,留学するならば,機は熟していると思う.学部卒ですぐPhDに突っ込んでもクビになったと思うし,もう少し年齢を重ねてからPhDに行ったら,柔軟性の無い学生になってやっぱり失敗する気がする.
というわけで,やるなら今しかないんだが,果たして最適な意思決定はどうなんだろう・・・ああ~・・・.

インフレのコスト

インフレのコストとはなんだろうか?なぜ,物価が高くなるのって問題なんだろう?
人はみな,「インフレは悪」という漠然としたイメージを持っている.確かに,今日100円で買ったジュースが来年200円になったら,嫌な気がする.しかしインフレは一般物価水準の上昇なので,ジュースが2倍になっていたのなら,あなたの給料も2倍になっているはずで,実害は無い.
それならば,インフレって一体何が問題なんだろう?
「そもそも,なんでインフレって問題なんだっけ?」という根本的な問いを考えてみると,この問いに対して,経済学者の間では満場一致の答えがある(経済学の世界で,「満場一致」の答えが得られる問いは少ない!).けっこう知られていないようなので,啓蒙がてら,書いてみよう.
よく言われる(そして大して現実には問題ではない)理由は二つある.
一つはインフレは「靴底コスト」を発生させるから,というものである.「靴底コスト」とは,人々が銀行にいく頻度が上がるために「靴底が磨り減ってしまう」というコストである.なぜ銀行によく行くようになるかというと,インフレになると人々はみな自分のお金を銀行に多く預けるようになるからである.なぜそうなるかを理解するためには,極端なケースを考えればよい.例えばインフレ率が100%の世界を考えよう.つまり,来年の物価水準が2倍になるような世界である.この世界で,例えば100万円を手元においておいたとしよう.そして今この100万円でトヨタのカローラが購入可能としよう.すなわち,今,カローラは100万円で売られているとする.来年には,物価が2倍になるのだから,カローラは200万円になる.だから,手元の100万円は,来年には実質的な価値が半分になってしまう.インフレのとき,手元の現金はどんどん価値が目減りしていくので,みんなより多くを銀行に預けるようにするのだ.銀行に預けておけば,金利がつく.この金利は,インフレ率よりは高い水準にあるから,インフレになっても実質的価値が目減りすることはない.
もう一つの理由は(そして,これも現実にはNo Problemな理由),「メニューコスト」なんて呼ばれる.これは,インフレで物価が上がると,それにあわせてレストランのメニューの価格表示を変えるために,メニューを刷新しなくてはならないコストを意味する.
しかしこの二つは,理由としてはちゃっちい.インフレにはもっと根本的な問題がある.その根本的な問題は,「異時点間の経済主体の意思決定を歪め,経済的効率性を損なう」という点である.さらに,「予期できないインフレのみが悪」ということになる.
以下で,これを説明してみよう.例えば,お金をあなたが銀行から借りたとしよう.期間は長期としよう.このとき,当然,契約書にはある利子率が明記されている.この利子率は,今後何年間かのインフレ率に基づいて決定されるが,今後何年間かのインフレ率は,いまの時点では分からない.そこで,「たぶんこれくらいの率で物価は上がるだろう」と予想し,この予想に基づいた利子率が明記されることになる.この予想のことを,経済学者は「合理的期待」と呼ぶ.
具体的な例を挙げれば,簡単だ.例えば,2007年現在,ある人が住宅ローンを30年で組んだとしよう.30年満期の住宅ローン金利は,どうやら今の相場を見れば,大体3%くらいのようだ.この背後には,今後30年間の平均インフレ率があまり高くないだろう,という予想に基づいている.例えば,その数字が1%だと考えているとしよう.すると,物価が1%あがって,金利が3%なのだから,その差,2%分が銀行の利益となる,と予想しているのだろう.そして,この2%だけが,この人が銀行に支払うのに実質的負担しなければならない金利なので,これを実質利子率と呼ぶ.
ある人と銀行は,「たぶん今後30年でインフレは平均1%だろうから,2%の実質金利でお金をの賃貸契約を結びましょう」ということに合意して,契約を結ぶことなる.
ところが,実際に例えば今後30年間でインフレが平均3%もあったとしよう.すると,当然,この人の給料も年間3%あがるので,この人は実質的には銀行に対してまったく利子を払っていないことになる.払うべき金利は3%だが,自分の給料も3%あがるのだから,実質的な負担はゼロになる.もちろん,このある人はすごく嬉しいが,銀行からすれば,「実質的には無料でお金を貸したことになる」という事態なわけである.これは,人々の間の富の再配分を強制し,富の配分を歪めるので,経済学的によろしくない,ということになる.これが,「インフレのコストってなぁに?」という問いに対する答えである.
銀行はこういう金利設定をよく考えた上で行っているから,実際,ここまで極端なことは実現しないだろう.インフレのコストを説明するために,あえて極端な例を考えた.当然,この逆のケースもありえて,「借りる側が損をする」可能性もある.
ここで,「予想したインフレが的中した場合」,何の問題も無い.問題は,「予想を外した」ため生じる.だから,「予想できないインフレ」のみが問題なのである.
以上の説明は,経済理論に即した場合の,正解である.当然,現実の世の中で採られる経済・金融政策は総合的に考えるべきである.インフレのコストを正しく理解したら,次は,「インフレをなんとかする政策ってあるの?あるとしたら,その政策を実行するコストって,どれくらいなの?」ということを考えなければならない.問題があったとき,その問題を放置するコストがいくら高いと言っても,問題を解決するコストのほうが高ければ「放置すべし」が合理的な解になり,経済学者にはこういうクールヘッド(Cool Head)が求められる.これについては,また長くなるので,別のエントリーで.